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【読書感想】美人薄命/深水黎一郎

本を読んでいて時々、期待していなかった本が予想外に面白くてびっくりするときがある。あんまり聞いたことのない作家さんだったり、タイトルに惹かれなかったり、表紙が地味だったり…。じゃあなんでそんな本買ったんだろうといわれるとそうなんだが、何かしら本が放つオーラがあってそれを察知していたのかもしれない。この「美人薄命」も、期待せずに読んだらものすごく面白かった。きっと表紙のおばあちゃんが只者ではないオーラを放っていたに違いない。

 

美人薄命 (双葉文庫)

美人薄命 (双葉文庫)

 

というか、この表紙を見て、面白そうだと感じる人はいるだろうか? まあいないだろう。自分も、深水黎一郎の名前を見てこの本を手にとり、表紙を見て「うわあ…つまんなさそうだなあ」と思った。だって、横向いてちんまり腰かけてるおばあちゃんだよ? マンガ的にデフォルメがきいてるわけでもなく、地味な絵柄、地味な色遣いで。内容的におばあちゃんの話なんだとしても、タイトル美人薄命ってうたってるんだから、若いころの顔ってことで清楚美人のイラストにしといたらまだ良かったんじゃないだろうか。作者も編集者も売る気ないのか?

 

と、なんで表紙の印象をつらつらと書き連ねたかというと、この思い込み、見た目のイメージにひきずられてしまうということが、この作品のトリックの根幹をなしているからだ。読者自身をも仕掛けの一部として取り込んでしまう手法は、深水さんのデビュー作にして代表作、「最後のトリック」でも使われたやり方だ。そういう意味で、自分はこの時点ですっかり作者の術中にはまっていたということになる。

 

某美男剣士と一文字違いの名を持つ大学生・磯田総司は、大学を進級しそこなうピンチに陥り、教授の指示で社会学のフィールドワークとしてボランティア活動を行うことになる。ボランティア求人を探すもののどれもつまらないかきつそうで、最終的に選んだのは、独居老人向けにお弁当を支給している団体が募集していた宅配ドライバーだった。

 

初日、言われたとおりにお弁当を配達する総司は、偏屈な老人、宗教に勧誘してくる老人などに散々な目にあい、うんざりしながら最後の一軒に寄ったところ、そこにはカエという名の老婆が住んでいた。若いころの事故で片目を失明したというカエ婆さんに押し負けて茶飲み話に付き合わされる総司は、押しが強くて冗談好きなこのお婆さんのことが妙に気になってしまう。それから配達の度、時には遊びにいって、しばしばカエ婆さんの家を訪れることになった総司だったが…。

 

と、半分くらいが総司とカエ婆さんの会話で成り立っている小説なのだが、このやりとりがとても面白い。調子よく冗談とも本気ともつかない突拍子もない言葉を放り込んでくるカエさんに突っ込みを入れる総司。まるで漫才みたいな会話は読んでいるだけで楽しくなってくる。大学生とおばあちゃんの会話を面白く書くなんてすごくないか? 深水さんって実はかなりできる作家さんなのでは?

 

会話のなかで、カエ婆さんの若いころの恋の話が出てくる。五十治という男性と愛し合う関係だったが、彼は戦争で帰らぬ人になってしまったのだという。これ自体微笑ましくて悲しくて、切ない良い話なのだが、終盤にある事件が起きて、総司はカエさんの真実を知ることになる。そこで一気に、今まで聞いてきたカエさんの人生の物語が、思っていたのとは全然別の意味を持っていたことを知る。人の人生そのものにトリックを仕掛け、一つの事実からそれをひっくり返して見せるさすがのテクニックだ。それも一度ではなく二度までも。読んでいて、嘘だろ?となんども思わせられた。

 

カエという一人の女性と出会ったことで、どこか投げやりな人生を送っていた大学生が成長し、自分を見つめなおすという青春物語にもなっている。全く世代の異なる二人の人生が、思いもかけぬきっかけでひと時交錯し、それぞれが変わっていく過程は感動的ですらあった。読み終わって、ミステリとしての仕掛けに感嘆するとともに、とても爽やかな気持ちになることができた。見た目は地味だが、素晴らしい作品なので、見かけたらぜひ読んでみて欲しい。