明日の君に会いに行く

絶え間なき離婚危機と戦うブログ

妻とのギャップまたは幸福の測り方について

先日、また妻とケンカしてしまった(というか90%は自分が怒られた)わけですが…。一応発端を申しますと。

娘(年長さん)が、幼稚園のイベントで、一泊のお泊りをしてくるということがあったのです。本人ドキドキワクワクちょっと不安ながらも、無事楽しく元気に帰ってきてくれました。

それはさておき大人サイドの話ですが、何しろ子どもがいなくて夫婦だけの夜など、娘が生まれてから初めてのこと。私は単純に、娘ちゃんいないから風呂入れなくていいな、寝かしつけしなくていいから夜ゆっくりできるな、くらいに思っていました。

しかし、妻は…「娘ちゃんいないから、二人でご飯食べにいこうよ!」「会社休みとって、映画でもいこうか」的な、デートのお誘いを期待していたらしいのです。妻を愛する気持ちがあるなら当然そうするはずだと(女性陣からの「そうだ!そうだ!」という声が聞こえてくる…)。

 

これは、もうすいませんといういうしかないのですが、単純に思いつかなかったというか、こういったことに気が利かないタイプなんで! と言い放ったところで「いいわけするな」「思いつかないってことはそういう気持ちがないってことなんだよ」と畳み掛けられ、平謝りに謝ったわけです。

 

妻の話を聞いて、そういう考えもあったな、楽しそうだなと思ったんですよ? 妻も、流石に会社休めとは思ってないでしょうし、園からの呼び出しの可能性を思えば遠出したり連絡取れないところにはいけないまでも、二人で食事くらいいけばよかったなあ、と。

 

それはいいんです。私が悪いんです。次があったら気をつけます(また忘れそう)。本編はこの後です。

 

大変だから=不幸?

(また)妻が離婚!離婚!と言い出しました。私(妻)に対する思いを感じないし、こんなケンカばっかりでいやだと。あなたもいつもしんどそうだし、ケンカばかりでいやでしょ、と。

 

私は、妻のことは大好きだし大切に思ってる、今はしんどくて余裕がなくて、思いやれなくてごめんみたいなことをいいました。まあ、薄っぺらいですよね? ペラペラですよね? 色々突っ込みたいところもあると思いますが、そこはとりあえずおいといてください。

 

妻は、「ほら、あなただってしんどいんじゃん。やっぱり別れたほうが良いよ」と言いました。

私は、「確かに家のことも会社も大変で疲れるししんどいけど、でも幸せを感じるし楽しい時だってたくさんあるから」「まだ子どもが小さいんだから、大変なのは仕方ないことだし」と返しました。

そこで妻が言った言葉に私は固まってしまいました。

「でも、AちゃんのママもBちゃんのママも、今が一番幸せだっていってる。うちはそうじゃない。しんどいのに我慢するなんて間違ってる」

 

 自分はネットに毒されすぎたのか

正直、妻の発言に頭と心が追いつかず、10秒ほどフリーズしていました。

ネット(主にはてな界隈)を眺めていると、育児も家事もしんどくてしょうがなくて、それでも楽しいことや嬉しいこともあるからなんとかやっている、とか。夫婦でケンカもするし不満もたくさんあるけど、家族として夫婦として少しでも良い関係になれるよう模索している、とか。そんな感じがデフォルトのように思っていましたが…。だからうちも、まあちょっと夫婦の関係性とかで変わったところはあるかもしれないけど、普通の範疇だろうと。

 

でも、違ったのでしょうか? 実は、世の中の家族は「今が幸せ!」なハッピーな毎日をすごしているのか? 自分は、ブログ開始3ヶ月で早くも戦火渦巻くはてなワールドに染まって、リアルな世界からズレてしまったのか?

 

 

落ち着いて考えると、そんなはずはないと思うのです。もちろん不満と満足、幸せと不幸、安心と不安、それぞれのご家庭で濃淡はあると思いますが、AちゃんのママもBちゃんのママも、それぞれに悩みも苦労もありながら、それを飲み込んで、「今が幸せ」といっているんだと。でも、妻は、「そりゃ悩みも少しはあるだろうけど、みんな(うちと違って)ハッピーな毎日を過ごしているんだ」と思っているようでした。

 

妻的な考えの行き着く先

多分、妻にとって一番幸せだったときって、娘がお腹にいたときだと思うのです。

好きな人ができて(私ですが)、恋人になって(私ですが…)、結婚して(まあ私ですが…)、思い描いていた「幸せ」がポンポンと順調に手に入って、そして次の「幸せ」がお腹の中で待っている状態。

でも、娘が生まれたら、今度はその「幸せ」は「普通」になって、大変なこと、辛いことばかりが気になってきて、それを埋め合わせる新しい「幸せ」が欲しくて。二人目が欲しいってなって…。

でも、もし不妊治療が実って、二人目の子どもができたとして、きっと大変なこともたくさんあるでしょう。特に、妻のように「辛いこと」の感受性が高い人にとっては。でも、その時、それを埋め合わせる次の幸せはもうなくて、「辛い」っていう気持ちだけが残ってしまうんじゃないか?と心配になりました。というか、おそらくそうなるでしょう。

 

私にとっての満たされない「幸せ」

私は、正直相当に能天気な人間です。このブログでもしんどい、つらいみたいなことを何度も書いてるし、体力的にメンタル的にやばいと思うときも多々ありますが、それでも家族との時間や、小説やマンガといった趣味的なもので、そこそこ満たされてしまいます。だからこそ向上心や貪欲さみたいなものがないのでかなり問題なのですが…。

でも、妻のように「もっと!もっと!」となるのも、きりがないというか、結局永遠に満たされないことになってしまうのかな、と思います。だとしても、人はそう簡単に変わるものでもありません。お互い、こんな夫婦でやっていくしかないのでしょう。

このままなんとかかんとか離婚せずにいられたとして、いつかまた妻に幸福を実感してもらえる日が来るのでしょうか。大いに不安になってしまいましたが、とりあえず次にチャンスがあったら、食事に誘うことだけは忘れないようにしようと思います。